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日本エデュケーション
子供の可能性を伸ばす日本エデュケーションのシステム
- 2010-02-08 (月)
- エデュケーション
苦しんでやっても伸びない。押し付けられて嫌々やらされることは、長続きしない。それはたいていの大人にも、自らの人生経験で解っていることなのでしょうけれども、言うのは簡単でも、なかなか実際には難しいことです。
子供達の自主性を尊重して、やる気を起させたいとは思っていても。ついつい無理に導いてしまおうと、短絡的な考えで教えようとすることで、私達は知らぬ間に、子供達が自然に持っていた可能性を摘み取ってしまっていたのかもしれない。
それは、なかなか個人では、親の力では実現できないけれど、熟練したスタッフと目的意識を持ったシステムであれば可能なのだと、日本エデュケーションの教育コースに子供を預けて感じました。
子供達が自分で興味を持ち、自主的に掴んだ学習能力こそが、本来の教育ですね。子供達のいままでは、勉強の時には見られなかった、活き活きとした表情と眼つきを視て、つくづくそう思えたのです。これは親にとっても、子供にとっても大きい。
家庭の平和と 日本エデュケーション
- 2010-01-29 (金)
- エデュケーション
テレビゲームばっかりやってる、今の子供達は、という印象があって。
勉強までDVDで、というのは抵抗ありましたね。最初は、正直いって。日本エデュケーションのクリアスVの教材を子供の部屋で視た時には。もともとは妻が決めてきたことなのですけどね。だから、まあなにも言わないで静観していたというか。
でも、子供が、母親にあまりうるさく言われなくても、自室で勉強してる時間が増えてきて、その分、妻も子供にかまける時間が増えて落ち着いてきて、余裕がでてきたので、だんだん見方が変わってきましたね。子供に自主性が生まれたのだと思います。
僕自身は、自分の子供の頃を考えると、伸び伸びやらせたい、と思ってしまう性分なので、まあ、それがよくないのかもしれないし、ついつい妻に任せきりにしてしまうものですから、ますます妻のストレスが溜まっていらいらしていたみたいですから。
子供が自主的に学習して、社会に出る能力を掴んでくれるのが一番で、それによって家庭が明るくなれば、なにより幸福なことですよね。
日本エデュケーションは世代の夢
- 2010-01-23 (土)
- エデュケーション
少子化という、昨今の政治課題にもなっているような問題だけでなく、現代の子供達を巡る環境は、必ずしも安楽なものではないような気がします。
でも、こういう時代だからこそ、伸び伸びと育ってほしいですね。押し付けでなく、自発的に、無理強いではなくて、自らすすんで学ぶ欲求を伸ばしてやることが大事だと思います。
たとえ大人たちが、不況で汲々としてせちがない世の中であっても。格差社会で厳しい競争が待っているとしても。
でも、環境問題その他の、地球規模の人類の難しい課題を解決して次の世の中を担うのは、間違いなくこれから大人になっていく彼らなのですから、たくましく育ってほしいと心から願います。
親として、彼らにバトンを渡し、希望を託す以上は、私達にできうるかぎりのサポートをしておきたいものです。
子供達ひとりひとりの個性をみつけ、育てる教育を目指す 日本エデュケーションのシステムには、そんな次代につなぐ子供達への我々の夢も担っています。
時代が要求する 日本エデュケーション のシステム
- 2010-01-19 (火)
- エデュケーション
自分の子供の将来について考えてみれば、教育に無関心でいられる親もいないでしょう。子供達が、成人してからの自立した大人として生きていくことができるのかという基本的なことです。
でもそれはなにも、ギスギスした他人を蹴落とす競争社会を意識してのことではなくても、あるいは極端なエリート偏重主義ということでもないはずです。
人間性を喪失してしまったような、従来では考えられないような、人への尊厳を失くしたような犯罪事件も多い世の中ですからね。
また長引く不況下で、学歴があっても就職口が冷え込んしまっているとか、ともすれば若者が学習して努力する意欲さえ削がれるような世情もあります。
一方では、「ゆとり教育」の弊害も叫ばれて、現実に立ち向かう強い心を育めない、労働意欲を無くした若い世代のニートの問題も、現代的な風潮としてあります。
こういう時代こそ、押し付けでない、子供が主体的に学ぶ姿勢を、自らの力で掴んでいけるような教育システムが必要ではないでしょうか。日本エデュケーションの、学校や塾に頼らずに、自ら家庭で学ぶことを覚えることを基本とするような考え方です。
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